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Writer/酉野たまご

レズビアンが迫害される架空の日本を描いた小説『愛の国』を、現実にしないために。

ファシズム政権下となり、同性愛が禁止された近未来の日本を舞台に繰り広げられるレズビアン小説『愛の国』。他人にはなかなか薦めにくい、少々クセの強い小説ではあるのだけど、この話を絶対現実にしないと心に誓うため、定期的に読み返す作品でもある。

レズビアン小説のシリーズという枠を超えて読むことができる『愛の国』

小説『愛の国』は、中山可穂氏による「王寺ミチルシリーズ」三部作の完結編だが、独立したひとつの作品として読むことも可能だ。(関連記事はこちら:NOISE「中山可穂の小説『猫背の王子』に支えられて―小劇場演劇とレズビアンの恋愛」

レズビアンたちを取り巻く過酷な運命を描いた小説『愛の国』

主人公である王寺ミチルは、記憶喪失の状態で京都のとある寺にたどり着く。

寺で世話になりながら、ひょんなことから新人の政治家・白鳥さやかの街頭演説を手伝うことになり、同性愛を禁止する日本政府に立ち向かっていこうと決意するストーリーだ。

「同性愛が禁止された架空の日本」という舞台設定は、小説を読むうえで少々飲み込みにくいかと思う。「ネオナチ」「ゲシュタポ」「ファシストども」といった単語も、現代日本ではなかなか目にすることはなく、刺激的に映るかもしれない。

ただ、私はこの小説を、一風変わったファンタジーな物語だとはどうしても思えない。

「同性愛が禁止された架空の日本」が、架空の設定ではなく現実になり得る危険性は、決してゼロではないからだ。

『愛の国』だけを、シリーズから独立して読むことをオススメする理由

私は中山可穂氏の小説「王寺ミチルシリーズ」を『猫背の王子』『天使の骨』そして『愛の国』と刊行順に読み進めた。

でも、いきなり『愛の国』から読み始めるというのも悪くない・・・・・・むしろ、かなりおもしろい読書体験になるかもしれないと思っている。

なぜなら、小説『愛の国』では主人公・王寺ミチルは記憶喪失となっており、ファシズム政権と闘いを繰り広げる最中でだんだん過去の記憶を取り戻していくからだ。

前2作を読んでいれば、ミチルがどのような半生を送ってきたかはある程度わかるが、前のシリーズを知らない状態で『愛の国』を読めば、次第に謎が明らかになっていくサスペンス的な読み方ができる。

王寺ミチルは何者なのか? なぜ政府や警察に目をつけられているのか? あれこれ想像しながらミチルと冒険を共にすれば、シリーズ前作を読んだことのある人以上に、臨場感のある読書体験になることと思う。

小説『愛の国』を選挙のたびに読み返したくなる理由

私が小説『愛の国』を定期的に読み返すのは、選挙が行われるタイミングだ。

レズビアンとして選挙に向き合う意識を高めてくれる作品

前述した『愛の国』のあらすじ(王寺ミチルが寺に居候しながら、新人政治家を手助けする)は、実は前半のほんの一部で、そのあとは怒涛の展開が待っており、最終的には日本すらも飛び出して冒険の旅に繰り出すことになる。

しかし、それでも、私にとって『愛の国』は「選挙のたびに読み返したくなる小説」なのだ。

レズビアンである王寺ミチルは、記憶をなくしてもなお、同性愛を禁止する政府に反発心を抱き、志を同じくする新人政治家の白鳥さやかの街宣活動を手伝う。

不慣れながらも、政府の方針に対抗したい一心で、懸命に選挙活動を行う白鳥さやかと、それを陰日向に支えるミチルの姿を想像すると、こんなふうにとまではいかなくても、少しでも誠実だと思える候補者を選びたい・・・・・・と思わせられる。

読み返せば、自然と選挙への意識が高まり、候補者や各党の方針についてあらためて調べ直そうと思える。

『愛の国』は私にとって、そういう効力もある小説なのだ。

もしも同性愛が禁止されたら? 小説『愛の国』が描き出す「最悪の形の現実」

レズビアン当事者である私にとって、『愛の国』はまた、胸が締めつけられるような思いをかきたてられる小説でもある。

同性愛者を取り締まる政府、レズビアンだからという理由で秘密警察に狙われ、身の危険を感じるミチルの日常、そして捕まった人々が入れられるという収容所の存在・・・・・・。

ナチス政権をモデルに執筆されたと思われるそれらの描写は、真に迫っており、もしもこれが現実になったらと思うと背筋が寒くなる。

そして、それは決して杞憂などではない。

中山可穂氏は、2013年6月にロシアで同性愛プロパガンダ禁止法が施行されたことをきっかけに小説『愛の国』の舞台設定を決めたという。

ファンタジーの世界ではなく、同じ時代を生きているはずの外国で、実際に同性愛が取り締まられている。

また、2026年2月現在の日本政府の方針が、同性愛者、そしてLGBT当事者に寄り添ってくれているとは言い難い。

『愛の国』は、刺激的で、癖の強い小説かもしれない。

しかしそれは、私たちが見たくない、目を背けたいような現実を、最悪の形で目の前に突きつけるようなストーリーだからではないだろうか。

普段、レズビアンであることをそれほど意識せずに過ごしているような私でも、政治の話題が出るたびに、自分のセクシュアリティを思い出さずにはいられない。

「同性婚が法制化されるか、否か」という問題だけが重要なのではない。

LGBT当事者を、権利を保障されるべき存在として認識しないような政治のありかたは、いずれ弱者やマイノリティを切り捨てるような方向に舵を切りかねない。

決してそのような事態にならないよう、私は『愛の国』を定期的に読み返すことで、自らの政治への向き合い方を見つめ直すようにしている。

レズビアンとしての生き方を見つめ直させてくれる小説『愛の国』の魅力

私は以前、選挙カーの「ウグイス」としてアルバイトをしたことがある。車の後部座席に乗って、拡声器で候補者の名前と政党を連呼し、「清き一票を」と呼びかける仕事だ。

政治への向き合い方が変化した経験と、小説『愛の国』との出会い

当時はちょうど小説『愛の国』と出会った時期とも重なっており、ミチルや白鳥さやかになりきって街宣活動をしているような気持ちで、少し楽しんでいた部分もあった。

ただ、その仕事の中で驚いたのは、候補者本人が乗っているわけでもない、運転手もウグイスも一時的なアルバイトが担当しているような選挙カーに対しても、激しいリアクションを見せる人がいるという事実だった。

好意的な反応としては、沿道から「がんばって!」と声をかけてくれたり、顔も見えないような遠くからでもこちらに向かって手を振り、応援してくれたりするパターンがある。

反対に、こちらに見せつけるように中指を立ててきたり、一時停止中の車に向かって怒鳴り声をあげてきたりする人もいて、傷ついたり委縮したりする前に、あぜんとしてしまったのをおぼえている。

そして、悟った。政治に関わる仕事は、生半可な気持ちで取り組むものではないと。

あたりまえのことではあるけれど、身近に政治のことを真剣に語る人が少なかったこともあって、当時はそこまで思い至っていなかった。

家に帰ってから、あらためて『愛の国』を読み返し、政治は暮らしに直結するものであること、自分たちの未来が脅かされないように真剣に政治と向き合うことが重要なのだということを、あらためて心に刻んだ。

以来、ウグイスのアルバイトをすることはなくなったけれど、選挙のたびに『愛の国』を読み返すようになったのは、そのときの経験がきっかけとなっている。

政治だけでなく、宗教までもテーマに扱う『愛の国』の潔さと誠実さ

『愛の国』の大きな魅力のひとつに、レズビアンと宗教の関係性を描いているという部分がある。

記憶を失ったミチルは京都の寺に匿われ、心優しい尼僧に支えられる。

また、物語の後半では、キリスト教と仏教にそれぞれ身を捧げたふたりの宗教家が、レズビアンとしての恋心と、自分の宗教への信仰心を胸に、生き方を見つめ直す描写がある。

政治と宗教。どちらも一般的には扱い難く、言及を避けられがちなテーマだ。

でも、中山可穂氏はあえてそれらのテーマを『愛の国』に盛り込み、レズビアンの主人公が困難の中をどう生き抜いていくか、LGBTの人々がどのように自らの信念と愛を貫いていくのかを、正面から向き合って描いている。

『愛の国』を読むたびに、その潔さと誠実さに、勇気づけられるような心地になる。

少し硬そうなテーマを扱いながらも、破天荒で個性的な王寺ミチルというキャラクターが主人公だからこそ、激しい恋愛描写やユニークな寄り道の場面もあり、決して真面目一辺倒のストーリーではない。

レズビアンだって、政府を相手に大立ち回りを演じることも、求道的な宗教家に愛の言葉をささやくことも、レジスタンスたちと結託して自らの未来を切り拓くこともできるのだ。

『愛の国』を通して、王寺ミチルはそんなふうに、ちょっぴり大胆な気持ちすら起こさせてくれる。

アルゼンチンタンゴが示す未来―小説『愛の国』が作品に込めた希望のしるし

小説『愛の国』には、アルゼンチンタンゴを踊るシーンが何度か登場する。

タンゴは一般的に男性が女性をリードして踊るという型になっており、例外はあまり認められてこなかった。

その歴史に対抗するかのように『愛の国』ではゲイやレズビアンがタンゴを踊り、女性同士でタンゴを舞うシーンも描かれている。

調べたところ、アルゼンチンでは2005年にクィア・タンゴの先駆者であるマリアナ・ドカンポ氏が「クィア・ミロンガ(性の概念にとらわれないタンゴのパーティー)」を開き、クィア・タンゴを広めていったという。

そして、アルゼンチンで行われる「世界タンゴ選手権」では、2013年から同性ペアでの出場が認められ、2014年には初の同性ペアが入賞、2019年には決勝進出を飾った。

レズビアンとして、LGBTとして暗い気持ちになってしまうニュースが世界にあふれている一方、アルゼンチンタンゴを巡る流れはひと筋の光のようでもあり、希望を与えてくれる。

小説『愛の国』でタンゴを踊る同性愛者たちが描かれているのも、さもありなんとうなずける。

こうして、現実とフィクションの間を行き来しながら、私たちは未来に立ち向かっていくことができるのだ。

 

■作品情報
小説『愛の国』
作:中山可穂
出版社:角川文庫

 

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